フラッシュ(Flash)への大きな恐怖
ウェブサイト計画のミーティングの間、時折、Flashに対してどれだけの誤解があるかを痛感させられる。Flashが主張し、時々その利点を誇張しすぎている一方、反対側のスペクトルでは、時々人々はその提案をあまりにもすばやく却下している。実際には、他のツールと同じようにFlashは良くも悪くもないが、Webデザイナーの倉庫に適切な位置を保持している。
まず初めに、Flashの素材について話す開発者と顧客の間では、いくつか意味の違いがある。例えば、覚えているのは、どんなFlashの作品に対しても開発者が使う総称用語、Flash “ムービー”について話し合っていたミーティングだ。後に誤解は解かれたが、その誤解が発生したのは、顧客が欲しかったものが個々にフェードインするイメージであったが、彼女の語彙では、静画のスライドショーから成り立っていた――確かに“ムービー”ではない。用語集はもう正しいものではなくなってるが、その逸話はFlashについて話し合う時に起こりやすいいくつかのややこしい語彙の違いを写しだしてる。いくつかの上品なイメージを含めるのはいいが、ムービーはちょっと?その顧客は私がYouTubeのビデオやけばけばしいアニメを意味し、それでホームページをいっぱいにすると思ったようだ。
ほとんどの人々は、Webサーフィンをしているときに、どれだけFlashを見ているか気づいていない。なぜなら、多くのFlashが目に邪魔になるようなものではなく、かつ上品に出来上がっており、継ぎ目がなく、同じページの他の内容とエレガントに融合しているからだ。Flashの作品が、高い確率で、オンラインの売り手に使われているような、けばけばしたバナー広告や点滅するアニメーションとして見られているのは残念である。もし誰かが“Flash”という言葉をそれと意味していたら、どうりで人々がFlashをサイトに含めるのを考え直すわけである。
従来、媒体としてのFlashに対して常に2つの主な批評がはられていた。Webの初期には、時々観衆への届きが持ち出されることがあった。この点は、今では時代遅れである(ほぼすべてのブラウザーがFlashプラグインと共に送られている、もしくは初めて必要な時に自動インストレーションを提供している)。もう一方の批評は、今日でも事実といえる:他のWebテクノロジーとは異なり、Flashは独自のフォーマットである。あなたにとってそれがどれほど問題になるかは、個人的な問いだろう。それに関わらず、使用するかしないか、これほどの論争が起きる媒体は他にはない。
基本的に、Webページにグラフィックアニメーションが必要とされる場合、多くがFlashは確実に考慮されることに同意すると思う。例えば、アニメ、もしくは時間と共に進化するチャートなどは、Flash以外の技術ではそれほどうまくはできない。確かに、applets、Director、アニメ化されたgifs、もしくはImagemagickのようなサーバー側の書庫を使っていた多くのものが、今では実際にFlashで作られている。Flashをそれほど多才にさせている部分は、1、そのプレイヤーがたくさんのブラウザーの違いを避けること 2、それは柔軟なプログラミング言語であるActionScriptで動いていること 3、それがアプリケーションサーバーを通して、XMLを超え、データベースへ読み書きできることである。
Flashはまた、ビデオやオーディオを例外なく埋め込める方法として受け入れられている。Flashムービーの中に、オーディオビジュアル(A/V)を設置することで、エンドユーザーの初期設定されたアプリケーション(QuickTime, Windows Media Player, Mplayer, Xine, など)を迂回できる。なぜならすべてのユーザーが同じFlashプラグインを使い、同じ内容を見ているからであり、より一貫した体験が保証される。これがMyspaceやYouTubeなどの多くの主要なサイトがとっているルートである。
次に挙げられる点は、Flashと良いJavascriptどちらでも同じ機能性を提供できる場合だ。これはWebページ、タブ、スライドパネル、フェイドイン/アウト、ロールオーバー、スライドショー、ポップアップなどで、オブジェクトをドラッグしたり、ドロップする作業を含む。JavaScriptに比べFlashが持つ大きな利点の1つは、アニメ化された内容でも、サーチエンジンによって、簡単に索引されることである。
ある人たちはFlashを使って、すべてのサイトを作ることを選んでいる。このアプローチは、特にメディア豊かなアップリケーションで使い道がある。しかしながら、いくつかの妥協点も生じる。HTMLの方が、早くロードし、その内容はサーチエンジンを通して、探されやすい。
最後に、いくつかのFlashの使途はとても醜く、邪魔になり、また根拠のないものなので、そのように判定されるべきだ。そのうちの1つは、今ではほぼ絶滅しかけている、“Skip intro”ムービーである。そのアニメ化された連続するFlashはすべての画面を取り、ユーザーがサイトにアクセスする前に妨害している(メインのFlashが始まる前に、サイトの訪問者に前ページに戻る余分な機会を与えることに、ほとんどのマーケッターは疑問に思うだろう)。ほかには、バナー広告として多くのサイトに現れるけばけばしいアニメーションが挙げれられる。そのアニメは、色を対立させ、そして点滅させて注意を引き寄せる方法に頼っている。これらは、疑いの余地なく、Flashに対する悪いイメージを与えている作品であろう。
Flashの潜在的な使途はほぼ限りがなく、理由があってその技術を使うのかどうかはデザイナーによる。Flashはそのプロジェクトにとって時折最高のツールであり、他の機会では必要とされるまではしまっておくべきである。Flashを熱心に支持するか、それとも拒否するかというよりも、それぞれの機会において可能なアプリケーションを、注意深く評価するべきだ。